glossary

  • 吹雪舞う風の冷たい
興南波止場の別離
興南撤収

    興南撤収は、1950年朝鮮戦争当時、作戦途中の米軍部隊が興南港から大規模な海上撤収を行い、同時に一週間かけて10万人に達する避難民を南に移住させた作戦。劇中に登場するメレディス・ヴィクトリー号だけでも1万4000人余りの避難民を乗せた。これは世界ギネスブックにも載せられ、世界の戦争史のなかでも最も偉大で人道的な出来事の一つとして知られている。本作では、最後に残ったメレディス・ヴィクトリー号に乗りこむために港口に集まった避難民たちで緊迫していた興南撤収当時の状況をそのまま再現。また、船に乗り移るところで父、妹と離れ離れになってしまったドクスの家族の姿は、戦争でそれぞれに辛い別れを経験した人々の気持ちを代弁するものでもある。

  • 末っ子の妹をおぶって通った臨時学校
青空教室

    1950年朝鮮戦争時、釜山には全国各地から避難して来た子供たちに勉強を教える臨時の青空教室が多かった。軍用の天幕をトタン板で囲った学校で、仕事に行った母親に代って妹のクッスンを背中におぶりながら授業を聞くドクス。その姿を通じて、劣悪な環境の中でも教育に対する情熱を失うことがなかった当時の様子を垣間見ることができる。

  • 人以外は全て外国製! 
避難民たちの生きる糧だった市場
国際市場

    解放後、戦時物資を売りながら生計を立てていた商人たちが今の国際市場の基盤を形成した。国際市場は 、‘人以外はすべて外国製‘という言葉であらわされるように、朝鮮戦争中から全盛期を迎えることになった。国際市場を主舞台にした本作は、1950年朝鮮戦争以後、過去の避難民たちの生きる糧となったと同時に、今日に至るまで庶民の日常生活の重要な空間でもあった釜山の国際市場を背景に、歴史的な事件や人々が生きて来た激動の時代をいきいきと描き出している。

  • 何があっても、どこへ行っても、
一日に一回、全国一時停止
国民儀礼

    愛国心を鼓吹するために春、 夏、 秋には午後 6時、冬には午後 5時、日暮れ前に官公庁や企業の前に必ず掲げられていた国旗を降納する”国旗下降式”が行われた。愛国歌がスピーカーから流れるあいだ、人々はその場に立ち止まり胸に手を掲げ、国民儀礼が終わるまで敬礼をしなければならなかった。この儀礼は民主化宣言後の1987年に廃止されるまで続いた。

  • 家族のために他国に渡った人々
西ドイツに派遣された
炭鉱員と看護師

    1960年代、深刻な就職難と外貨不足などにより韓国経済が厳しい状況に置かれていたなかで、家族を養うために多くの若者が高い収入が約束されていた西ドイツでの出稼ぎに殺到した。100:1を超える競争率を突破した者だけが西ドイツに炭鉱員として出稼ぎに行くことができた。西ドイツに派遣されたのは、炭鉱員と看護師で、炭鉱員たちは危険な地下 1,000mでの採掘現場で厳しい労働に従事し、看護師たちも病院での雑務などに追われる労働環境に耐えて懸命に働いた。映画『国際市場』では、出稼ぎに行ったドクスとヨンジャを通じて、自分たちの夢は後回しにしてひたすら家族のために西ドイツで懸命に働いた父、母たち世代の人生を振り返ってことができる。

  • 涙なしには見られない奇跡の瞬間
離散家族との再会

    1983年6月、パティ・キムの”誰かこの人をご存ですか”をBGMに、離散家族を探す番組が始まる。朝鮮戦争時で家族や親戚、知り合いがちりぢりになり、南と北に別れて、あるいは南のどこかで暮していると信じる数多くの離散家族たち、その家族を探す涙ぐましい努力が炎のように広がって実った。本作のドクスも離散家族を探す番組に出演して、30年前の興南撤収の時に離れ離れになった父と妹マクスンを探し、ついに養子としてアメリカで育てられていた妹マクスンとの再会を果たす。